動物学教室・准教授 渡辺 勝敏

 
 
筆者(ミャンマーの古代湖・インレー湖上にて)
 

琵琶湖は日本一広い湖として有名だが、400万年以上の歴史をもつ世界有数の古い湖でもある。広大な沖合域や数十mを超す深層部をはじめ、周辺水域とは大きく異なる環境が広がり、2,000種を優に超す生物種がすんでいる。そのうち在来の淡水魚は周辺河川を含めれば約70種が生息し、種数の多さだけでなく、約2割を占める固有種・亜種によっても独特である。

 

400万年というのは幾分年齢詐称の面もある。というのは、現在の位置に広く深い湖が発達し始めたのは約40万年前以降であり、三重県上野盆地から北西へと位置と環境を大きく変えながら琵琶湖は形成されてきたからである(図)。琵琶湖の固有種には、この“新しい”湖の独特な環境への形態的・生態的適応がみられるため、従来、それらは新しい湖環境のもとで近縁種から分化した初期固有種だと考えられてきた。またそれとは別に、古い系統の生き残りとみなされてきた種もいる。

 

われわれは、このような従来の分類学や分布パターンから推察されてきた琵琶湖の固有魚類相の起源について検証し、新たな進化シナリオを描くべく、大規模な分子遺伝学データを用いた研究を行ってきた。最近、大学院生であった田畑諒一君が中心となり、ほとんどすべての固有種について近縁種からの分岐年代を推定した。すると予想に反して、多くの固有種の起源が100〜300万年前と、現代型の琵琶湖が形成されるはるか以前に遡ることが明らかとなった(図)。一方、固有種を含め、琵琶湖に生息する多くの魚種が、新しい琵琶湖の形成以降に個体群を急速に拡大させたこともわかり、一部の固有種はこの時期に種分化したと推定された。古い固有系統においても、この時期に新たな湖環境に対する適応進化が進んだに違いない。

 

琵琶湖の固有魚類相の成立過程は従来の想定よりも複雑であるようだ。しかし、今日的な手法を駆使することによって、琵琶湖が生物多様性の「創生の地」であると同時に、さまざまな系統の「涵養の地」として、西日本において重要な役割を果たしてきた姿が鮮明になってきた。現在、ゲノムレベルのデータを用い、固有種の起源と適応のよりリアルな描像を得るべく研究を発展させており、この身近な「進化の実験場」の面白さをさらに掘り下げていきたいと考えている。

 
図:琵琶湖の変遷と固有魚類の推定分化年代